どちらかというと晴れよりも雨の日が好きな理由とは

季節によって晴れの日が多かったり雨が続いたりする。
梅雨時になると雨だったり曇りだったりする日が続くのはおなじみの日本の風物詩だろう。

逆にその梅雨が終わるやいなや、カーッと夏の日差しが無慈悲に私たちに照りつけてくるけれど、ここ最近はそれがかなりの日数で続く年が多いように感じる。

おかげで農家は大変だ。夏に収穫すべき作物がカンカン照りの日照り続きで地面はガチガチに堅く締まるわ、土壌の水分が干上がるわで次々と作物が枯れてダメになってしまう。

ウチの庭先だって例外ではなく、例えばの昨年夏。
夏の盛りに雨の降らない日が記録的に継続してしまう結果、次から次へと野菜が枯れて何も育たなくなってしまい、人間のこっちでさえもその光景に萎えてしおれてしまった。

加えてここ数年は地球温暖化の影響で、前年度よりもさらに平均気温が上乗せしてくるから、夏に日照りが続くと一昔みたいに家の窓を開け放して扇風機だけで風を送って涼しくなる、という風情ある涼の取り方では間に合わない。
一家に一台、どころか一部屋に一台の割合でエアコンを設置しなくてはならない勢いになってきている。

エアコンなしだと本当に危機だ。
扇風機だけ回していても単に熱風をかき回しているだけだし、よしんば通気のよい木造家屋だとして窓を開け放ったとしても、吹き込んでくる風といえばこれまた熱風。
まさしく逃げ場なし、光熱費の爆上がりが必須な最近で、これこそがいわば「現代の風物詩」になりつつある。

そんな極端なケースを引き合いに出してしまったけれど、晴れの日もほどほどにあれば理想的な天気だというのはもちろんのこと。
洗濯物も乾くし、散歩や運動にもおあつらえ向きの天気。
それが晴れの日になる。

一方で、雨も降らないといろいろ困るわけだし、こちらも適当に降ってくれるならそれはそれで「よい天気」の部類だと言えるだろう。何よりも農家とか園芸などしていれば、雨がほどほどに降ってくれれば作物や植物の幸せにもなる。

そこでちょっと視点を変えて、そういう雨の日、晴れの日が人間にとってどちらがうれしい、望ましいか?
さらには、もっともっと単純に割り切って、

「晴れと雨の日、この二つの中でどっちがあなたは好きか?」

とマジメに考えてみるのも面白い。
なまじ大上段に「人間にとって」とか要点の範囲を広げてしまうと、単に好き嫌いの判断だけでなく、医療とかバイオリズムとか、環境問題や気候の変動などなど、無数の“高尚”過ぎる話にまで及んでしまう。

だから、ここではもっと軽くてカジュアルなとらえ方をして、単に
「好き嫌いで選ぶなら晴れの日、雨の日のどちらが好きなのか」
と考えてみたい。

そういうと、普通は気持ちが明るくすがすがしくなれる晴れの日を多くの方は選ぶにちがいない。
私もその気持ちには賛同できるし、晴れの日は確かに景色も明るくて青空が見えてくるわけだから、そんな晴れの日を嫌う理由がない。

けれど、その一方で私は雨降りが自分にとって好ましい、好きになれるお天気だ、という主張をするのにもやぶさかではない。
晴れは晴れでよいお天気だけれど、その一方で雨が降るのもまたよい天気。
というか、いろいろと考えていくうちに、自分にとっては雨の日の方がしっくりくる。
そう言える。

一見天邪鬼(あまのじゃく)のような思考。
そう見えるのも無理はない。

なにしろ日本には梅雨という特別に雨天の多い季節があるし、その際には生活上でもいろいろな面倒と向き合わなくてはならなくなる。
過度の湿気、そこに暖かな気温が重なる季節だからカビが生えやすいし、食べ物も腐りやすい。
外出時には傘を持つので荷物も増える。
気圧も低まるので、気象病を抱えていると身体上の不具合だっていろいろ心配だ。

私だって梅雨時に雨が続く日々が重なると
「今日はなんとか晴れにならないかな」
みたいな願望が心に浮かぶ。
要するに雨に対する考え方というのは大多数の人々の気持ちと一緒だ。

そして梅雨の季節でなくとも雨、そして風がおソロ恣意レベルで荒れ狂う季節も見逃してはならない。
言うまでもない、台風のやって来る季節だ。

だがそういう極端な悪天候をひとまず置いておき、ただ純粋に雨の日と晴れの日とで比較してみると、

私自身としては雨の日の方が好きになれる。好感が持てる。

そういう判断になる。
不思議なものだが、晴れよりも雨、そしてついでに加えれば曇り空。いつ雨が降り始めてもおかしくないような空模様の方がよい。
なぜか?と問われることになるだろう。

その理由の一つは、雨降りの方がなんとなく気持ちが落ち着つから。
気持ちが落ち着いて、手作業やデスクワークが思いの他にはかどったり集中できてしまう。

客観的に作業の進捗度で計測してみたりはしたことがないけれど、体感として雨とか曇り空の日というのは不思議と気持ちが落ち着いてくるから不思議だ。

逆に晴れの日というのは、戸外を見ると確かに気持ちよい、明るいけれど、その風景が明るすぎる。明るすぎて、部屋にこもって頭脳労働などの作業には向いていない気がする。
晴れの日というのは外が明るすぎて、野外の活動とか運動には適しているのかもしれないが、そういった身体を動かすのに丁度よい日だと本能的に体が反応するのかもしれない。
同時にまた「野外に出て体を動かさないと心身の健康にはよくないぞ」と、自分の体が本能的に警告してくるようにも思う。

だから、私個人に限ったことではないと思うし、人間にとって天気のよい、つまり晴れている日というのはデスクワークや手作業などのいわば「屋内に閉じこもって集中的に行う知的な作業」の類いには向いていないのかもしれない。

もともと私自身はある程度内向的な性格なのかもしれないから、そんなメンタリティも手伝って雨の日がどちらかというと好き。
そんなふうに思ってしまう可能性もある。

結論づけるのは早とちりかもしれないけれど、雨の日が好き、晴れの日が好き、というのはのそうい人それぞれ異なるかもしれない。
外交的、内向的な性格の個人差にも特定の天気について好き嫌いが分かれるかもしれないし、もともとの個人的な先入観も影響する可能性もある。

野外のスポーツで活躍しているプロのスポーツ選手などだったら、自身の練習や競技におあつらえ向きの天候状態を一押しするにちがいないし、ラボなどで研究中の職員などは逆も言えるだろう。

社会は、こういう天気の好き嫌いが千差万別に分かれる人の「組み合わせ」で成り立っているにちがいない。

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