子供の頃からのクセ、と言ってしまえばミもフタもないけれど、貴方は夜、就寝時に部屋の電気を完全に消す方だろうか?
それとも暗くはするけれど、常夜灯などある程度の小さい光源を保って寝る御仁だろうか?
いずれにしても自分自身で一番よく寝付ける、そういう部屋の明るさ、というか暗さというのは人それぞれなのかも知れない。
自分の場合、ぜったいに真っ暗はダメ、常夜灯などのごく小さな明かりでも寝付けない。
子供の頃からそうだから仕方ない。
逆に自分の場合に限って言うけれど、普通よりも半分くらいの明るさの部屋の中だったらそこそこに安心して寝られる、そういうタチになる。
これが起きているときと同じ、つまり部屋の明るさが普段の100%でも大丈夫だ。
でも何でそうやって部屋を暗くしてしまうと寝ることができないのか?
考えてみると不思議な話。
テレビドラマとか映画やアニメとかでも、ふつう夜に寝るシーンが出てくると決まって部屋の電気を消して暗くなる。
そうすると視聴者側の方でも自動的に
「これから眠りに入るシーンだな」
という条件反射のように認識する。
これがふつうの固定観念だし、考えてみれば私自身だってふつうにそういうとらえ方をする。あくまでも自分自身は暗くすると寝ることができないにしろ。
自分の場合、確かに子供の頃から思い当たることがないでもない。
成人した後では自宅から離れて他の住所に引っ越して住むようになったけれども、それまでの間、ごく小さい頃からはじまってずっと長い期間自宅でねおきしていたわけだが、自宅は今でも木造の古い家屋なものなので、ひっきりなしにいろいろな物音がする。
ヘンに幽霊だとかいうことではない、本当に掛け値なしの物音。
ようするに柱や梁、木戸やふすまなどが昼間と夜との気温の寒暖差とか風によるきしみとかでしょっちゅうその手の物音に見舞われる。
どちらかというと昼間も音はするはずなのだが、昼間は自分たちが動いて活動しているせいなのか気づかないでいるらしく、ヘンな話聞こえているけれどそんなに気にはしていない、というふうになっている。
けれども夜になって誰もが寝静まった時間になるとそれがやっぱりきになってくるわけだ。
繰り返すけれどスピ的な何かなどという重い話などではなく、単に本当に物理的な仕組みからくるもので、何ということではないし、実際にいまのいままでそういう物音だけで片付いてしまっている。
だからヘンにこじつけようという気もないのだけれど、小さい頃にはそれがやたらと気持ち悪く聞こえてしまったものだし、そもそも
なんでこんな音がするんだろう?
という疑心暗鬼がうずまいてしまうこととなった。
それがつまりは子供の頃、心の奥底にまで刻み込まれてしまい、いまでもそれがトラウマのようなものになって、けっきょくのところ
いい年になっているのに今でも夜は電気をつけたままでないとねむることができない
という情けない話にできあがってしまっているようだ。
ただ、よくよく周囲の人たちと話してみると、これは私だけに限ったことでもないらしく、人によっては全くの暗闇の中だと眠れない、という人もたまにいたりする。
起きているときと同じとまで行かないまでも、常夜灯つまりあの小さな灯りをつけたままでいないと眠れない、という成人男性も観たことがあるし、また私の子供の頃と同じく、自宅が旧家の木造立てで、夜に寝静まった頃にはけっこう物音が気になるので困る、という男性もいた。
その逆に、夜になるとどんなに暗闇でも5分横になればすぐに寝てしまう、というような心の丈夫な人もいる。
それどころか、中には昼日中に自分の見ている前で平気で昼寝に入ってグーグーいびきをかく人もいた。
それがなんと男性ではなく熟年女性だ。
そういう人たちを見るとうらやましい、の一言しかない。
豪傑というか(言って良いのか?)、
「いったいこの人たち、どれだけ幸せに生きているのか?」
「どれだけメンタルが強いんだろう?」
「どれだけ悩み事なく生きていられるんだろう?」
という羨望だし、逆にそういう人たちを目にすると
「自分は何と気の小さい人間なんだろう?」
「自分の臆病はもう治らないなあ」
という自己嫌悪。本当に、真っ暗闇でもすぐに眠れる人が私のような人間を見たら驚きあきれるかもしれない。
でも、これもヘンテコな話だけれど、そういう生活を子供の頃からしていると、わずかな物音にも敏感に反応する性格ができてしまうようだ。
そして、それと合わせてメンタル的にもけっこう神経質なタチになってしまったり、ちょっとした些細な周囲の変化とか、果ては人の言動とかがみょうに自分のメンタルの中で反響し、響いてしまうことになるように感じる。
針小棒大なつまらない事柄や出来事に過敏に反応してしまう、そういう性質の人も昨今増えてきているように感じるし、それだけ社会全体が“過敏”に向かっているのかもしれない。
それとは別に、暗闇を怖い、怖くない、という反応の違いはもしかしたらほとんど持って生まれた性格、先天的なメンタル構造に起因しているのではないかとも思ったりする。
結局のところ、いくら子供の頃にそういう物音を夜中に聞いたからって、誰も彼もが暗闇や物音を怖がるようになる、というわけにはならないだろう。
じっさい、極端な話になるけれど世界の各地、とりわけ紛争の絶えない国や地域で生活している人たちなどは銃声や砲声などに絶えず晒されている。
その中でもそれに慣れてしまってすやすや眠りに就く子供たちもいるとか。
そういう「非日常」の中だと確かに些細な物音だとかは気にならないような生活を送るしかないだろうけれど、もちろん逆にそれに慣れないで精神的にトラウマや疾患を抱えてしまう人たちだっているわけだ。
そういう人たちから学べるのはやはり「個人差」というのも大きなファクターではないだろうか。
夜、そういうわけで翻って私自身の話。
臆病とか小心者過ぎとか、何と呼ばれても仕方がないけれど、とにかく暗闇になるとダメ。
たとえて言うなら、
暗闇=お化け屋敷
この構図が私の脳内にがっちり固定されて鎮座している、といえよう。
この「お化け屋敷」なるものは、子供の頃からの木造旧宅に長らく住んだ結果できあがったものでもあるし、また生来に臆病な性格で生まれてきた、そこからの先天的な要因とコラボしてできあがってものと言えるかもしれない。
この「お化け屋敷」をなんとかして自分の頭から排除できないものか?
暗闇というものに「怖い」「恐ろしい」という固定観念がくっついているからこそこういう苦しみに悩まされるのだろうけれど、でもそうであれば逆の発想として、
暗闇というものをもっと底抜けに楽しい、わくわくうきうきするような憧れの気持ち連想できるようになればよいはずだ。
そういう固定観念をこしらえて、恐怖を駆逐できるようになれば、きっとぜったいに暗闇の中でも何のためらいもなく俊足で深い眠りにつけるにちがいない。
そういう連想をできるようになる、きっけが何であるか?どうしたら手に入れることができるのか?
それを今、半ば真剣に考えている自分がいる。